人生100年時代   2019年 鳥取県東部医師会報 巻頭言から - 2022年1月7日

 人生100年時代と突然言われても俄かには現実感が湧かない言葉でありましたが、どうやら絵空事ではないらしいと知りました。海外からの報告によると”日本では2007 年に生まれた子供の半数が107歳より長く生きる”とされており、国連推計でも2050年までに100歳以上の人が100万人を超えるという予測がされています。政府は2017年に”人生100年時代構想会議”を立ち上げ、教育や雇用制度、社会保障など国の制度はどうあるべきなのか検討し始めております。これからは「教育・仕事・老後」という3ステージの従来の人生ではなく、職業寿命を伸ばした「定年も隠居もない人生設計」を考えなさいということかもしれません。

 ”人生100年時代”となる根拠として、死亡原因第一位の悪性新生物を克服できる時代になってきていることが挙げられます。癌の早期発見にはmicroRNAを用いたリキッドバイオプシーなど特異度の高い検査がまもなく実用化され、1滴の血液で多くの癌のスクリーニングが可能になる日も遠い未来ではありません。もちろん非侵襲的スクリーニング検査は前立腺癌の腫瘍マーカー(PSA)が抱えるような過剰診断などの問題も内包していることを承知しておく必要はありますが、膵臓癌のように部位別癌死亡率第4位にも関わらず早期診断が難しい癌腫には福音となるかもしれません。また、私の学生時代には想像もつかなかったことですが、ピロリ菌を始めHPVや肝炎ウイルスなどの感染症が多くの癌発症に関与していることの発見は癌予防を大きく変化させてきております。さらに遺伝子で発症を予測し早期介入する医療も登場しており、このような”先制医療”が癌発症そのものを抑制し、”人生100年時代”において医療費を削減しつつ高齢化社会を維持することにも貢献すると期待されています。

 “人生100年時代”において医療人が果たすべき役割の一つは、これから迎える”定年も隠居もない”超長寿社会のなかで平均寿命と健康寿命との差を縮めることではないでしょうか。2016年の厚労省の報告では、平均寿命は男性81歳、女性87歳に対して健康寿命は男性72歳、女性75歳と人生の最後の約10年は日常生活に制限のある「健康ではない期間」があります。この健康でない期間の原因には脳血管疾患や心疾患、糖尿病などの生活習慣病の他、整形外科疾患などが関与していますが、我々医療人はこの期間をどのようにして短くしていくかを考えていかなくてはなりません。

 かつては死亡率第1位の疾患であった脳血管疾患は2017年には3位にまで下がっておりますが、平成25年国民生活基礎調査によると寝たきりの原因の約4割は脳血管疾患(脳卒中と脳卒中による認知症)と報告されています。心疾患も含めて動脈硬化関連疾患が健康寿命に及ぼす影響は何よりも大きいことには異論はないでしょう。

 1987年にスタチンが商品化されて以来、多くの脂質異常症は治療可能となり、種々の降圧剤、インスリンや経口糖尿病治療薬も長い歴史があります。それにも関わらず生活習慣病が社会的に克服されているとは言い難い状況です。生活習慣病は病識が乏しいことに加え、食生活を変えることはライフスタイルを変えることですから患者自身の資質に大きく左右されるのだと考えます。

 2016年の報告によると生活習慣病の原因となる肥満の割合は20歳以上で男性約3割、女性約2割となっています。肥満の解消は生活習慣病治療の第一歩です。最近、食事療法の指導を含めたパーソナルトレーニングが流行りですが、カロリー計算を基にした減量体験は少なからず良い学習になります。医療者も教科書的な食事療法の説明だけではなく、”結果にコミット”した熱意ある指導をする必要があります。

 私は25年間ほど透析医療に従事していましたが、糖尿病性腎症患者の透析導入ほど残念な気持ちになることはありませんでした。他の腎疾患とは異なり糖尿病による慢性腎不全は防げたかもしれないという思いがあったからです。顕性腎症になる前から”食事療法しましょう、減量しましょう”と熱心に説明しても患者さんの性格などに大きな壁を感じることもしばしばあります。今後の生活習慣病の治療には、薬物療法とともに精神面からアプローチする技術の確立も必要だと思います。

 三菱総研の提言によると、医師の診療以外に医療サポートするチームによる”伴走医療”は糖尿病に限ったとしても利用意向を持つ人は全国で約260万人を数え、 “伴走医療”を生活習慣病診療に導入することで医療費は約2兆円減少すると報告しています。

 薬物治療がほぼ確立されている生活習慣病に残された課題は、啓発を含む患者教育とメンタルアプローチの体系化のような気がします。鳥取県でも昨年”糖尿病性腎症重症化予防プログラム”が策定されました。潤沢な予算と人材を投入しないと十分には機能しないかもしれませんが、伴走医療の観点からも良い試みだと思います。今後の成果に期待しています。

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