米国FMGEMS医学試験と留学 2022年4月東部医師会報 ”私の思い出”から - 2022年4月10日
この写真は28年前のSanta Cruzでの娘と私です。当時の私はStanford大学の脊損センターでラットを用いた薬理実験をしておりました。週末にはSanta Cruz界隈で波乗りをするのが習慣でした。わずか1年の留学でしたがその後の人生を大きく変えた経験です。
私が留学を意識したのは、学生時代のことです。医事新報を読み、クリーブランドクリニックで人工心臓の研究をしている能勢教授を知ったことが始まりでした。インターネットのない時代でしたので、医事新報の編集部に能勢教授について詳しく知りたいと手紙を書いたところ、親切な編集者がいくつかの記事のコピーをわざわざ郵送してくれたのでした。そのコピーを何度も読み返しては米国留学を漠然と夢みていました。ただ留学に憧れていたにも関わらず英語の勉強をするわけでもなく、高校から続けていたラグビーに明け暮れていただけでした。
卒業後は泌尿器科医として修行の日々の中で留学どころではなかったのですが、せっかちな私はこのままでは留学はできないと焦りはじめていました。米国の臨床医になるためにECFMG制度があることは知っていたのですが、FMGEMS医学試験は解剖、生化学、行動科学などの基礎医学6科目と内科、外科、精神科などの臨床医学6科目からの2日間の知力体力勝負の試験なので、なかなか決意に至りませんでした。当時は大学院の授業料を教員の家内に出してもらうほど、お金がなかった頃です。カーテンもない寝室で月の光を浴びながら眠れない夜を過ごしているときに、何故か急に決意し“受験勉強する”と家内に告げたことを覚えています。
周囲には受験経験者もおらず情報もない状態でしたが、米国医師国家試験用の問題集が各教科にあることを突き止めました。臨床医学は米国学生が使う国試受験用参考書6冊を読んで章末にある問題をどんどん解いて行く方針としました。米国の試験は日本の国試のように重箱の角をつつくような問題はなく、メジャー疾患に関する問題しか出ないので英語を読むスピードさえ身につけばなんとかなると見通しが立ちました。一方、基礎医学は学生時代の不勉強が祟り苦労しました。まずは日本語の教科書で再勉強と暗記をしてから米国の国試問題集6冊を解き学んでいく方針にしました。生化学などを10年ぶりぐらいに再勉強しましたが、TCA回路や解糖系などを暗記するうちに臨床疾患の仕組みが腑に落ちて基礎医学の重要性を再認識したりしました。困ったのは精神科と基礎医学の行動医学です。英文がわからないうえに行動医学などは学んだことがありませんので、ほとんど点数を取るのを諦めて他の科目で点数をカバーするしかありませんでした。当時は大学院生として泌尿器科の臨床業務と脳神経病理学教室で糖尿病ラットを用いた基礎実験をしていたので受験勉強は夜間2~3時間と週末しかできなかったのですが、やると決めたので腹を括っていました。 試験会場は沖縄と東京の2箇所です。まずは試しに臨床医学のみ受験してみましたが2回連続不合格。受験会場には100人ほどの受験生がいましたが、頭の良さそうな学生が多かったように記憶しています。結局、1年半ほど受験勉強した後に運良く基礎医学、臨床医学の両方に合格することができました。苦労が実りとても嬉しかったのですが、留学を教授に相談したところ紆余曲折ありStanford大学に基礎研究で留学する顛末になったのでした。そして留学先で研究をしているうちにその分野に嵌る運命になってしまい、なんのための受験勉強だったかよく分からない進路となっていますが自分にとっては一里塚だったと考えています。